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発券所(下) 天国と地獄

2017年の秋、空木岳で交わした会話がずっと頭にひっかかっていた。
「いやあ、早いね、健脚だね」
__そんなことないです。
「奥穂、剱は行ったの?」
__行っていません。やっぱり怖いですか?
「うーん、奥穂は大丈夫じゃないかな。剱は…厳しいかな」

いつか行きたいと思っていた山だが、
元来ビビリ屋の私はなかなか挑戦できずにいた。
2017年にやっと槍ヶ岳に登頂、
さて、岩の殿堂にはいつ挑むのか。

そんなことを考えていた私の心に、この人の言葉で火がついた。
晩秋に両神山八丁尾根を3回、
冬から早春にかけては15~20キロの里山縦走を11回。
2018年6月から8月にかけて、9時間超の山行は6回を数えた。

去年までは9時間でばててしまったが、今年は10時間までもつようになった。
奥穂は高山病等でばてばてだったが、難しいと思えるところはなかった。

奥穂から帰ってきた私の次の目標は剱岳だった。
出来ることなら、今年中に登りたい。
10月2、3、4日の連休に向けて、貧血対策に鉄分サプリを強化、
カフェイン摂取量をさらに減らし(カフェインは鉄分を流出させてしまう)、
バランス力強化のためにさぼっていた体幹トレを再開した。

私の願いが通じたのか、台風の襲来があったが、
最終的に10月3、4日に晴れマークがついた。

即座にアルペンルートの平日割切符をWEBで購入し、剱山荘に予約の電話を入れる。
そして室堂山荘も予約した。
いつものように車中泊+1泊2日でも良かったが、
扇沢からでは始発が遅い。
そのうえ、奥穂で高山病になったことから、高度順応がしたかった。
思いのほか安かったので個室を頼む。

2日は室堂周辺観光、
3日は立山を縦走して剱山荘へ、
4日は剱登頂後下山、
というのが当初の予定であった。

2日。
10時20分頃に扇沢到着。
WEB購入窓口に行き、チケットを手に入れ、バス停へ。
11時発のバスに乗る。
全部で4つの乗り物に乗り換え、室堂に着いたのは13時10分頃。
各駅でもたもたしていたため、だいぶ時間がかかった。

(大観峰より 中央が赤沢岳)
1002大観峰 赤沢岳


室堂に着いたものの、どこから出るのかさっぱり分からない。
各駅でずっとライブカメラを見てきたが、あまり天気は良くなさそうだ。
とりあえずお目当ての白エビからあげ丼をレストラン立山で食べる。

レストランを出た後、階段の壁に掲示されていた山の状況を見て愕然とした。
なんと雪が降ったらしい。
登山案内所があったので、尋ねてみたが、厳しい話しかかえってこない。
明日は強風なので、立山の稜線は大変だということ。
剱の様子は分からないが、雪の凍結があってもおかしくないこと。

予定を変更しなければならないのか。
外に出る。
ガスはあるものの、山並みの半分くらいは見えた。
意気消沈しながら室堂山荘へ向かう。
14時頃チェックイン。
個室は快適だった。
余計なものは一切ないが、暖房はつけ放題だし、ハンガーも沢山ある。
コンセントもあるので充電もばっちりだ。
布団は小さいが、2枚かければ問題ないだろう。

食堂でお茶をもらい、散策にでかける。
まずは登山口のチェック。
そしてあわよくば登山者にインタビューしたかった。
しかし登山者は少なく、いてもヘルメット着用している人はほとんどいない。
テント泊装備の人に訊いたら、早朝でなければ雪は大丈夫だろうという。

室堂は美しかった。絵葉書のように天国のように美しかった。
(10月2日 みくりが池)
1002みくりが池
(10月4日 みくりが池)
1004みくりが池
(10月4日 紅葉が素晴らしい雷鳥沢)
1004雷鳥沢1
(10月4日 紅葉が素晴らしい雷鳥沢)
1004雷鳥沢2
(10月4日 雷鳥)
1004雷鳥


時折見せる美しい山容をカメラに収めながら、ずっと悩んでいた。
3日は強風というものの、最高の快晴、4日は曇り予想だった。
それならば3日に早発ちして立山剱を登頂してしまうのがいいのではないか。
しかし早発ちでは凍結が怖い。そこまで体力があるかも不安だった。
登山道の凍結を避ける為、出発は朝食後にすることにした。
高山病なのか頭痛もしてきたので約1時間程で部屋に戻り、布団でごろごろする。
18時の夕飯前に風呂に入った。
湯船はかなり大きかった。
温泉ではないが、お風呂は気持ち良かった。
お風呂から出ると先ほどまでの不調もだいぶ治まってきた。
18時になり食堂へ。
そんなにお腹は空いていないけど、ご飯も味噌汁も3杯はお替りしたような。
歯を磨き睡眠薬を飲み、すぐ就寝。
19時には寝たと思う。

3日。
3時半頃起床。
6時に朝食なので、ゆっくりゆっくり用意をした。
自販機が稼働していなかったのは残念だったが、
食堂でお茶をもらってくる。
6時前には日の出を見に行ったが、そんなに素晴らしい日の出は見られなかった。
しかし、快晴。真っ青な空。
山日和だと嬉しくなる。
6時に朝食。
ご飯は3杯、味噌汁は2杯。
充分に栄養補給し、6時半にチェックアウト。
要らない荷物は山小屋に預けていく。

(一の越への道)
1002一の越

一の越までは岩畳の道で歩きやすいか歩きにくいかよくわからない道。
一の越に着くと槍ヶ岳や富士山も見えてテンションアップ。
1003一の越から槍ヶ岳

トイレを済ませ、雄山へ向かう。
そこそこの岩の道を歩き続けると8時には登頂。
結構人がいる。
山頂の写真を撮り、縦走路へ向かった。
1003雄山山頂

今日の予定はどうするか、まだ決めていない。
剱山荘に何時に着くかで決めよう。
立山の稜線上は確かに風が強く寒かった。
厚手のフリースを一度も脱ぐことなく、冬用の帽子を一度も脱ぐこともなかったが、
強風といっても、群馬の冬の里山とさして変わらない。
大汝山、富士の折立等の山頂は寄らず。
先を急いだ。
急いだといっても決して早足ではない。
出来るだけ省エネで歩くことを心掛ける。
風は強くても、尾根は美しく、眼下に広がる室堂は格別に美しかった。

(立山の稜線)
1003立山縦走路

(立山の稜線から室堂)
1003縦走路から室堂

別山を経由し、剱御前小屋に着いたのが10時15分。
これはいけるかもと思う。
剱がとても綺麗に見える。
1003剱御前より剱

立山が天国で、剱が地獄か。
針山地獄と言われ、長い間登頂を許されなかった剱だが、
とてつもなく壮麗で厳然とした山容に、人は天国以上の畏怖を感じたのかもしれない。
剱を見ていると、天国も地獄もさして変わらない気がした。
むしろ畏怖という点で、剱は立山を圧倒している。

トイレを済ませ、剱山荘への道を歩く。
ここまで来るとさすがに剱を登った人達に行き合う。
皆、今日の天気は最高だったという。
出来れば今日登った方がいいとも。
俄然、その気になる。

(剱山荘も見えてきて、足取りは軽くなる)
1003剱と剱山荘

(剱山荘付近の山容も絶景)
1004剱山荘周辺

11時剱山荘着。
思ったより身体は軽い。これは行けると思った。
チェックイン。
この後すぐ剱に登ることを告げる。
あわただしくアタックザックに荷物を詰め、水を汲み、パンを食べて、トイレを済ませいざ出発。 
11時25分。
剱の往復だけで約5時間。
17時までに余裕で帰れるだろうと踏む。
道は割と急だ。
4時間半歩いてきたので多少ばてているが、穂高の時に比べたら段違いに楽だ。
20人程の人と行き合った。
大半の人に、「今から行くのか」という顔をされたが、気にしない。
ばてているが、ばてていてもコースタイムで歩けるだろうと思っていた。
初っ端から簡単な鎖が二つ出てくるが、その後鎖の姿は見えず。
その代わりに険しい岩の道が続く。
一服剱を過ぎて、前剱までがとくに急登だったと思う。

(前剱に圧倒される)
1003前剱

剱岳に入ると暑くてフリースを脱いだ。
長ズボンが歩きにくい。
途中でハーフパンツにすればよかったと今更ながら思う。
いつ恐ろしい鎖場が出てくるのだろう。
そんなことを考えながらずっと歩いていた。
なかなか出てこなかったが、前剱辺りからやっと鎖場出現。
そんなに怖くない。
はっきり言って、どの鎖場も特に怖くなかった。
どちらかと言えば、急登がきつい方が堪えた。

(前剱を過ぎると剣岳山頂がドーン。まさに岩の殿堂)
1003もうすぐ剱

途中で足が速い青年二人組に道を譲る。
カニのタテバイ。
1003かにのたてばい

怖くない。
それよりもカニのタテバイが終わってからのガレ場がきつかった。
15分程して登頂。
13時45分。
1003剱山頂

人間の直感が最も働くのは危険を感じるとき、つまり生死に関わるときだ。
天国と地獄も死後の世界であるという点では相違ない。
その二つの差は、より危険や恐怖を感じるか否かの差のような気がする。
剱岳が地獄であるのは、人間が直感として危険を感じ、死を想起させる山容だからだろう。

その針山地獄も、現代では先人達の工夫や配慮のおかげで安全に歩くことが出来る。
天国と地獄を歩いた一登山者にとっては、どちらも壮麗で素晴らしい山であり、道だった。

私の後を歩いていた人と青年二人と少し歓談し、
14時山頂を発つ。
ここで私は最後尾になった。
難所と言われるカニのヨコバイ。
右足から下りることを忘れず、スムーズに追加。
特に怖くない。
その後自分のペースでずっと歩いていたが、結局8人程を追い抜いた。
15時50分剱山荘着。

こうして、立山と剱岳2座を1日で登頂し、翌日無事に下山することができた。
剱山荘の宿泊者は圧倒的に明日登頂予定の人が多く、
夕食の雰囲気も和やかというより緊張感が漂っていた気がする。

今回無事に余力を残して登頂できたのは、前泊して高度順応できたことが主因だと思う。
そして、剱岳が前評判ほど怖くなかったのは鎖場30本と言われる八丁尾根での訓練があったからだ。
鎖場なら八丁尾根の方が数段怖い。
初めて行ったとき、直立に近い岩壁で次の1歩が出ず、約15分考えあぐねたこともあった。


いつか、道を極める歩き方をしたい。
しかし限られた時間の中で、まだまだ登頂したい山が沢山ある中で、そういう歩き方をするのは当面難しそうだ。
それはそれでいい。
むしろ限られているからこそ、一つの山行が記憶に身体に沁みつくのだ。
厳しいコースを数日かけて歩ける機会が訪れるまで、日々鍛錬を怠らずにいよう。
右手をぐっと握りしめた。
さて、次はどこに行くか。

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発券所(上) 3000m級のジャンクション 

平ヶ岳は奥穂高岳の前哨戦だと思っていた。
しかし、奥穂高岳も前哨戦に過ぎなかった。

(夕日に染まる奥穂高岳と穂高岳山荘)
0918夕日 奥穂





ずっと天気予報をにらんでいた。
9月18、19日に晴れのマークがつくか否か。
当初は3連休からずっと天気が悪い1週間の予報だったが、火曜から天気が好転する。
確実な「晴れ」が欲しい。
待って待って、火曜水曜の好天が確実となった土曜に穂高岳山荘に予約の電話を入れる。

日曜から水曜まで絶好の4連休だったが、日月は旅行。
厳しいが1泊2日で上高地から涸沢経由の奥穂高岳を目指すことにした。
槍ヶ岳も2日だった。
同じか、ちょっと厳しい程度かなと想像する。

奇しくも、去年の槍ヶ岳と同じ、敬老の日明けの火曜水曜だ。
槍穂。
山好きなら誰でも憧れる槍穂の、穂の方にとうとう挑戦できるのだ。
8月から狙っていたが、天気が芳しくなく、この日まで待ってしまった。
でもいいのだ。
平年なら天気が安定する9月が今年は不安定でやっとやっとの晴れの日が
自分の休みに当たってくれたのだから。

17日旅から帰り、17時頃就寝。
23時起床。
シャワーを浴び、最終の荷物確認をし、18日0時半家を出発。
真夜中のガラガラの高速をガンガン飛ばす。
3時半さわんどの駐車場に到着。
半分ほど埋まっている。
車の温度計は12度を示している。
係員の姿はない。
暗い中、パンを食べてタクシーが手配されるのを待つ。
数台の車が静かに駐車場に入ってくる。
4時半頃、タクシーが何台か見え、係員の姿も見えるようになった。
5人で相乗りとなる。
南岳からキレットを目指す人、のんびり絵を描く人。
他の人達の話を聞いているうちに上高地バスターミナルに到着。
登山届を出し、トイレを済ませ、出発。
5時10分。まだ暗い。
去年は右往左往した道が今年はどう行けばいいか分かる。

徐々に明るくなってくる。
明神辺りでは明神岳がやけに綺麗だ。
0918明神

ひんやりしているが天気はいい。
7時30分頃横尾に到着。
ここでパンを食べてしばし休憩。
0918横尾大橋

さて、橋を渡って未踏の地へ向かう。
序盤はまだまだなだらかだったが、本谷橋を過ぎた頃から急登となる。
橋のところで沢山の人が休んでいたが、まだ横尾から1時間も経ってないので歩き続ける。
行き合う人に穂高は見えるかどうか聞いた。
穂高は涸沢まで行かないと見えないのだ。
道は遠い。
両脇の凄く見栄えのいい山並を見上げながら歩き続けた。
Sガレというポイントがどこか分からなかったが、気がついたら涸沢ヒュッテと涸沢小屋への分岐の近くにいた。
ヒュッテを選ぶ。


ヒュッテに着くと、壮大なパノラマが広がっていた。
0918涸沢から奥穂 涸沢

盆地のような涸沢から、前穂高、奥穂高、北穂高が見渡せる。
大天井もよく見えた。
凄い。
人気があるのも頷ける。
ここで名物のおでんセットを頼む。
人気なので、売り切れることが多いそうだが、ありつけた。
コンビニで買った潰れたおにぎりとおでんを食べ、トイレを済ませ、ヘルメットを被りいざ出発。

涸沢小屋を経て、奥穂方面へ向かう。
奥穂への道は岩々のかなり歩きづらい道だった。
岩々が終わったかな、と思うと今度はザレた道が続く。
これからが本番だというのに涸沢ヒュッテを出た辺りから身体がずんと重かった。
辛い。
非常に辛い。
息がすぐ切れる。
これは貧血の症状だろう。
貧血で苦しんだ北岳での悪夢が蘇った。

いつもなら、山頂に近づくにつれて、天国に近づいてきたと思うのだけど、
今回は全く天国に思えない。
むしろ美しい地獄だ。
地獄へ一歩一歩と登っていく感じだった。
行き合う人に何回か泣き言を言いながらも、
ザイテングラート取付に着く。
(常念岳の眺めが素晴らしい)
0918ザイテングラート取りつきから常念

決して厳しい岩稜ではないが、とにかくばてている。
5歩歩いたら休む、を繰り返す。
下ってくる人たちにほとんど先に行ってもらった。
しんどい。
槍ヶ岳もしんどかったが、奥穂高の方がずっとしんどい。
小屋まであと20分の看板が見えてきたとき、めちゃくちゃ嬉しかった。
登りで一番嬉しい景色だったと思う。
20分以上かかったと思う。
13時15分ばてばてのまま小屋へなだれ込む。
指定された部屋は白馬岳。
ドアを開けると既に数人いた。
15名定員の、女性専用の部屋のようだ。
隣の女性は大キレットからやってきたらしい。
その隣の女性のルートは聞いていないが、山口県から電車で来たという。
話を聞いていると、かなり山に精通しているようだった。
凄い人達ばかりだ。
私は荷物を整理し、とりあえず奥穂登頂の準備をした。
ロビーで梅昆布茶を買い、おにぎりとパンを食べて腹ごしらえは終了。
だめだったら、諦めて明日登ればいい。
14時小屋を出発。
初っ端から梯子と鎖が連続するがあまり難易度は高くない。
そこを過ぎてしまえば、ガレ場が続くだけだ。
と言いたいところだが、あっという間にばてる。
標高を上げるとばてるのは貧血の顕著な症状なのだ。

よれよれのまま山頂へ向かう。
コースタイム50分とあるが、私は1時間半位かかりそうだ。
と思ったら50分で着いた。
0918奥穂

15時に近いので、ガスが多く展望は望めない。
パワーのない私は山頂写真を撮ってさっさと下山する。
(奥穂高岳山頂周辺より撮影)
(ジャンダルム)
0918ジャンダルム
(前穂高岳)
0918前穂
(涸沢岳)
0918涸沢岳

この下山でもよれよれ。
小屋に15時半到着。

小屋の周りにかなり多くの人がいて、驚いた。
受付に一人布団一枚ですかと尋ねたら、そうだという。
良かった。
部屋に戻ると15人近くいたと思う。

着替えを済ませ、ストレッチをして、隣の人達のように少し横になる。
かなり頭痛がする。高山病も発症しているのかもしれない。
17時に夕飯。
楽しみにしていた夕飯はいまいち。
それでも2杯のご飯、味噌汁を食す。
18時前に夕焼けが見られるので、それまでは外に出たり入ったり。
(右の山は笠ヶ岳、左の雲海の上の山は白山)
0918夕日

雄大な夕焼けを見て即就寝。
疲れと睡眠薬のおかげですぐ寝られた。

19日2時。
目が覚める。
8時間寝られたから十分なのだが、頭痛が酷い。
おそらく高山病の頭痛だ。
持参した鎮痛剤を飲み、布団にくるまる。
耳栓が一つ外れていたが、暗いので見つからない。
いびきや寝息、廊下を歩く足音が聞こえてくる。
私も早いが、もっと早い人がいるのだ。
下山だけの予定なので私はのんきだが、これから厳しいルートを歩く人もいるのだろう。
トイレのついでに館内を見てきた。
何人か起きているようだが、電気がついているのはラウンジだけ。
寒いので、もうちょっと布団の中でねばろう。
4時。
人の動く音がよく聞こえるようになってきた。
もういいだろうと準備に取り掛かる。
ラウンジではかなりの人が既に動いている。
お腹が空いたので1杯200円のセルフのコーヒーをもらい、カロリーメイトを食べる。
せわしなく動いている人影や、茜色に染まりつつある空をぼーっと眺めていた。
自分だけ時の流れが違うような感じだった。
ストーブの前に陣取っている男性がいた。
寒かったので私も隣に座った。
その人に尋ねると、難コースに挑むという。
私の前にいた60前後と思われる女性二人もまもなく出発するところだった。
尋ねるとやはり難コース。
「凄いですね」と言うと、
「ここはそういうところだから」とさらっと言われた。


山小屋に入ったときから分かっていたが、
ここは錚々たる強者どもが集う場所だ。
私のようにピストンで利用する者は少なく、ここを経由地として西へ東へと散っていくのだ。
ここは高速道路でいうとジャンクションみたいなものだ。
サービスエリア的な意味合いの方が強いかもしれないが、
個人的には分岐という意味合いの方がしっくりくる。

山歩きの醍醐味は、
登頂した途端、さらに行ける山の範囲が広がるところだと思っていた。
目標の山頂に辿り着いたとき、そこはゴール地点ではない。
登頂はここよりも上のレベルの山に行くキップの発券所のようなものだ。
だから、登頂すればするほど、自分の行ける範囲の山は広がり、目標はどんどん高くなっていく。
そんな認識があった私だが、
穂高岳山荘で今までの私の認識が揺らいだような気がした。

登頂よりも、どんな道を歩くか、歩けるのか。
ここにはそういう山の挑戦の仕方、楽しみ方をする人ばかりが集っていた。
私のように一つの登頂で終える方が圧倒的に少数派だった。

道を楽しむ、か。
登頂した山頂に赤丸をつけた地図を見ながら喜んでいたが、
ここに集う者たちは、自分が歩いた道に引いた赤い線が地図を埋め尽くすのを楽しんでいるのだろう。
薄明の中慌ただしく山小屋を後にする人達の後ろ姿を眺めながら、
新しい天地に足を踏み入れたような感覚に少し酔ったような気がした。

この後、
日の出を待ってから朝食。
0918朝日

既に人はまばらで、私は出発が最も遅い部類だったと思う。
13時過ぎにバス停到着。
今日も無事下山出来た。

頂よりも道。
魅力的な山の楽しみ方にも惹かれるが、私には登頂したい山がまだまだ沢山あるんだな。
私の右手は目に見えないキップを掴んでいた。
次は岩と雪の殿堂だ。


















9月下旬だったが、少し花があった。
よく見た花は割愛し、印象に残ったもののみ記載。

センジュガンピ。
今年初。
去年も上高地で見たので探しながら歩いた。
出会えてうれしかった。
0918センジュガンピ
クロクモソウ。
今年燧ケ岳で初めて見たクロクモソウがここでは雑草レベルであった。
驚いた。
尚、妙高山でも雑草レベルであった。
0918クロクモソウ
アケボノシュスラン。
お初。
変わった花だなと何枚か写真を撮っておいたが、
まさかランとは。今回はこのお花との出会いが一番嬉しかった。
0918アケボノシュスラン

山行記録

もうすぐ高い山は雪が積もり、秋山も終盤に向かっています。

今年も天気が安定しない年でしたが、
皆さんの山行はどうだったでしょうか。

今年はいくつかの念願だった山に登頂することができ、
私にとっては良い年となりました。

私の山においての最大の目標は、コースタイムで9割以上の花を見つけることが出来るようになることと、
どんな深山にも行ける確実な脚力、体力、精神力、知力を身につけることです。

今年は自分の目標に1歩近づいた気がします。
期間限定で私にとって記念碑的な山行記録を公開します。
尚、去年掲載した「歩くことは生きること」も再掲します。


癌になっても、元々の体力が底辺であっても、中年であっても、
着実に力をつけています。

興味のある方は御覧下さい(^^)/

201809

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次回の更新は3月以降です。

今季の冬は寒いですね。

12月中旬までどうにか通っていた鳴神山ですが、
この時点で下山時が寒くて体が冷えてしまい、鳴神山通いはやめてしまいました。

次回訪れるのは3月以降となる予定です。

プロフィール

管理人

Author:管理人
ようこそ鳴神山へ!
主に季節の見どころ(花メイン)を綴っています。
なにぶん素人ゆえ、花の同定には間違いが多いですがご了承下さい。
基本的には開花情報発信がコンセプトですが、
いくつかの花については事後報告とさせていただきます。

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