FC2ブログ

歩くことは生きること  3越後駒ケ岳

2017年10月。
 目覚ましで午前3時に起こされる。車のドアを開けてみると、じんわりと霧がまとわりつく。がっかりだ。越後駒ケ岳の天気予報は割れていたが、どうしても今年訪れたかった私は、予報が良い方に賭けて昨日から登山口の枝折峠で車中泊をしていた。夜半にボンネットを打つ雨の音も聞こえていた。下界ではまあまあの天気でも山では悪天候はよくあることだ。ざっと見たところ車は10台程度あったようだし、天気が好転することだってあり得る。私は登山準備を淡々と始めた。
 4時45分出発。真っ暗なのでヘッデンをつけて歩き出す。越後駒ケ岳のコースタイムは11時間と長いが、ネット等を見るとそこまではかからないようだ。8、9時間と考えて早めに出発する。事前の下調べで道自体は分かりやすいこと、序盤は緩やかなことは分かっていた。ヘッデンの光を頼りに夜道を慎重に歩き出した。
 1時間程経ってヘッデンが不要となる明るさになるが、視界が不明瞭なのは変わらない。せいぜい10メートルあるかないか。もちろん辺りの展望も見えず、美しい紅葉も薄い陽射しの中では全く映えない。良かったことと言えば、雨がさほど降らなかったことと風がないこと。今日は景色を楽しむことは諦めてピークハントに徹しようと思い直す。晴れていたら、さぞ美しい山だろうに。
 
 百草ノ池を越え、前駒に差し掛かろうとしたところ、山の女神が微笑んだ。
 突如青空が広がったのだ。そして私が目指すであろう山の山容が眼前に現れたのである。山は半分程雲がかかっていたが、緑、金色、橙色、緋色の美しい錦を装っていた。雲が青空にどんどん追いやられていく。見渡す限り雲海だらけで近隣の山の様子は見えないが、それはまるで自分が歩いている山だけに集中しろと言われているようだった。私はとてつもなく美しい紅葉の中を歩いていた。この景色を見るために今日ここへやってきたのだ。つつつと涙が落ちた。今までの不安と落胆と後悔を、青空が全て一掃してくれた。山の女神はやはりいるのだ。私は泣き笑いのまま山頂を目指した。

青空
青空3


 山はどうしてこんなにも私の心を揺さぶってくれるのだろう。心配や不安、恐怖や後悔から驚き、狂喜、幸福、安堵へと万華鏡のようにころころと心境が変わっていくのだ。
 短時間でこれほどドラマチックな感情の変化が起こるアクティビティが他にあるだろうか。自分の劇的な感情の起伏に生命の躍動を感ぜずにはいられない。山では、生が際立つのだ。
 私が山を好きなのは、山自体が持つ魅力の他に、生きていることをひしひしと実感できるからだ。山頂に立ったとき、山に来て良かった、山を歩けて良かった、生きていて良かったとしみじみ思うのだ。
 
 甲状腺癌の告知までの4日間、私は生きた心地がしなかった。CTを撮って診察室に戻ったとき、研修医らしき人まで現れて、医師もなんとなく慌てているように見えた。このとき私は重病なのかと漠然と思ったものだ。
しかし病理結果は癌の中でも一番おとなしい甲状腺乳頭癌だった。医師でさえ「甲状腺乳頭癌で良かったですよ」と言ったほどだ。このとき私はやっと生きた心地がした。余命宣告をされる病の告知を覚悟していた。父同様数年の命かもしれないと思った。三途の川も見えていた。生かされた、生き残れた、そう思った。このとき初めて死を間近に感じた。そして、生きるということが当たり前ではないことを初めて痛感した。
 だからこそ、生きていることを実感できる山が私は大好きなのだ。私にとって生きること、生を実感すること、生を確認することイコール山を歩くことなのだから。癌告知後、来年も再来年も今年と同じように生きていられるとは、思わなくなった。それは歩くことも同じだ。来年も再来年も今年と同じように歩ける保証などないのだ。
 だからこそ、今を大事にしたい。今生きていること、今歩けることに感謝し、現状を出来るだけ死守、維持していきたい。そしてもっと長く生きたい。もっと多くの山を歩きたい。父のように生きたくても生きられない人がいる中、私は生き残っている。だからこそ、生き残った自分の生を全うしたい。生きたくても生きられなかった人の分も。

山頂
荒沢岳1


 9時越後駒ケ岳登頂。6畳程の山頂の周りを360度雲海がひしめいている。ベンチに腰掛けて雲海を眺めていた。もしかしたら、雲を追い払ったのは父かもしれない。私を見つけるために、雲を追い払ってくれたのかな。ああ。私の山行は2015年以降、ずっと弔い山行だったのか。空を仰いだ。からっとした清々しい青が私の瞳を覆い、心まで沁みわたっていく。今日も来て良かったな。自然と笑みがこぼれた。もう、私の山行は「弔い」ではない。
 パパ、私が見える?いつものように何の問題もないよ。慎重に下りるさ、うん、運転も気をつけるよ。命は大事にしているよ。私なら大丈夫。まだまだそっちには行かないから。そのかわり、こうやってパパが見つけやすいところに私が来るよ。何百回、何千回と山のてっぺんに立つよ。だからまた見つけて。そして見守って。

スポンサーサイト

歩くことは生きること  2浅草岳

 
 男体山の次に目指したのはヒメサユリの咲く山として名高い浅草岳だった。自生のヒメサユリを山の中で見てみたい。片道約200km、下道で約4、5時間。こんなに長時間の運転はしたことがない。しかし私はどうしても行ってみたかった。
 2015年6月下旬。午前3時出発。行きは約4時間かかった。途中何度も眠くなることがあったが、道路を横切る鹿や狸に励まされながら無事登山口に着くことが出来た。梅雨時にしてはまずまずの天気で、展望も良く目当てのヒメサユリも美しく楽しい山行となった。
ヒメサユリと鬼が面

 下山後約1時間は気分が高揚していて元気だった。運転も何も問題がないように思われた。ところが1時間を経過したところで急に睡魔が押し寄せてきた。慌てて栄養ドリンクを買って飲んでみるがなかなか効いてはこない。深夜と違い日中の道路はほどほどに混んでいて、そのスローペースがさらに私の眠気を助長した。
 まるで首と頭を繋いでいる神経が1本1本と切れていくようだった。首で支えきれない頭ががくんと落ちる。懸命に眠気を払おうと頭を振ったりしてみるが、頭は地面への落下にやっきとなっていた。その頭にふいに父の姿が蘇った。貫禄のあった健康体の父ではなく、日に日に痩せ衰えていく最期の父の姿が。私より細くなってしまった父の腕が。徐々に聞き取れなくなる父の声が。
 みるみるうちに涙が目に溜まり、私は声を上げて泣き出した。そのおかげで私の眠気はどこかに飛んで行ってしまった。視界は涙でふやけているが、運転には集中することが出来、無事に帰宅することが出来た。

 父のことを思って大泣きするのは葬式以来だった。父の死後、毎日泣き暮らしていたわけではない。父の死は現実味がなく、なぜ実家に母しかいないのか不思議な感じだった。毎晩夢に出てくるわけでもなかった。その父が、眠気と闘っている運転中の私に訪れたのだ。それは危ない運転をしそうな私を優しく諭しているかのように。まだこっちに来るなと言わんばかりに。



 この年、私はとりつかれたように高い山を目指した。白馬岳、燕岳、常念岳、仙丈ケ岳、甲斐駒ケ岳、北岳、間ノ岳、木曾駒ケ岳。
 高ければ高いほど、父のいる天国が近いと思ったのだ。2014年に登れなかった分を取り返すという心意気もあったが、山に行くことは父に会うことでもあった。実質的に2015年の山行は全て弔い山行だったのだろう。父はよく現れた。大抵はしんどくて歩くこと以外に余裕がなくなるときだ。父が現れると決まって私は泣いた。泣きながら歩いた。無念の中死んでいった父に思いを馳せているうちに、いつの間にか生きることについて考えながら山を歩くようになった。
 
白馬岳
ご来光と自分
仙丈ケ岳から富士山、北岳、間ノ岳
ワンツースリーその2
北岳から富士山
山頂。富士山

歩くことは生きること  1男体山

 
 2015年6月。今年初の百名山は男体山にした。あまり面白味がなく、直登できつい山だと聞いていた男体山に長い間魅力を感じてこなかったが、今年は男体山がどうも気になった。6月初めの天気が良い日に私は一人日光に車を走らせた。
 去年7月に購入した新車での初めての山行となる。軽だが4駆で、助手席はほぼフルフラットとなる。ETCも初めて搭載した。人気車故に契約から納車まで約半年待たされた。7月にディーラーから電話をもらったとき、どれだけ喜んだことか。ナビもあるし、車中泊も出来るし、どこの山にも行ける。私の未来予想図には沢山の山と沢山の花と、沢山の私の笑顔が描かれていた。


 しかし、2014年の7月は私にとって暗黒の月となった。父が末期癌告知を受ける。胆嚢癌、腹膜播種のステージ4。その告知の約1週間後、今度は私が癌告知を受けたのだ。甲状腺乳頭癌だった。父の癌告知だけでもショックだったのに、今度は自分だ。私の未来予想図はガラガラと崩落した。山どころではなくなった。癌の自覚症状はなかったものの、私の関心は自分と父に注がれ、山に向かわなくなった。
 地元の病院から東京の専門病院に転院したり、血液検査で血液疾患の可能性があったりして、私の手術は延期され翌年2015年3月となった。長い待機期間だった。
 癌告知後ほとんど癌の症状がなかった父だが2014年の冬頃から腹水でお腹が膨らみ始めてきていた。翌年まもなくして、使える抗がん剤がなくなった。
 2015年3月の半ば頃、甲状腺全摘の手術を終えて退院。私の退院と入れ替わりに父は入院した。退院当日にぎっくり背中になってしまった私は2、3日寝て過ごしていたのだが、ある日母からの電話で起こされた。父が余命2ヶ月と宣告されたという。父が末期癌だと宣告されたのは去年の7月だったが、5年は生きてくれると思っていた。あれからまだ8ヶ月しか経っていない。布団の中で仰向けのままさめざめと泣いた。自分の親がこの世からいなくなってしまうという事実を受け入れられず、喪失の痛みに耐えきれず、涙とともに感情を吐き出すことしか出来なかった。
 ぎっくり背中から回復した私は健常者に戻るべく必死にリハビリに励んだ。元々癌の症状らしきものはなかったので、手術をしてやっと病人という自覚が芽生えた、というよりは怪我人になったという感覚だった。怪我人から健常者への回復、これはこれで大変だった。
 喉元を約12センチ切られたので、息が苦しいし、首が回らない。頸部のリンパ節も郭清したので右腕の可動域が狭まり、右腕全体の力も弱まった。たった1週間程の入院、術後4日での退院だったのに30分歩くとくらくらした。
 それでも、頑張った。早く山に帰りたかった。それに早く運転できるようにならねば。車社会の群馬では運転出来なければ話にならない。
 数日後父の入院している病室を訪れた。どうにかあつらえた仏頂面にマスクをつけ、いつものふてぶてしい態度で父の前に座った。マスクは頸部リンパ郭清で腫れてしまった顔と今にも泣き出しそうな顔を隠すためのものだった。父は私の手術が無事に終わったことを喜び、主治医に感謝の言葉を述べた。父が私の顔が見たいからマスクを外すように言う。マスクを外した途端に私の仏頂面は歪んだ。病人の前で大泣きするとは情けない娘である。父の余命宣告を受けてパニックの私とは裏腹に、父と母は至って平然としていた。普段と変わらず楽しそうに話をしている。私はただ泣きながら話を聞いているだけだった。病室の大きな窓からは群馬以北の山がよく見えていた。
「あれが赤城山で、あれが袈裟丸山、あれが男体山で、白いのが日光白根…」
 父が山好きとは今まで知らなかった。登りはしないが山は好きだという。列挙した山のほとんどは登ったことがあった。男体山以外の山は登っている。男体山以外は。
 父は2ヶ月を待たず、その後一ヶ月程で亡くなった。四十九日が過ぎた後、私が男体山を選んだのはこのときの会話が心のどこかにひっかかっていたからかもしれない。


 男体山のガレ場の直登はかなりきつく、何度となく私は足を止めた。何人かの男性登山者に追い抜かれ、自分の力量不足を痛感しながらも一歩一歩登っていく。最後の急登を登り切ると、霞んだ中禅寺湖と太郎山が大きく見えた。その景色に特に感慨はなかったが、登頂の達成感で心身共に爽快だった。思ったよりコースタイムも悪くなく、まだまだ自分はいけるぞと意気揚々と山を下っていったのだった。

 男体山を下山したとき、これは父の弔い山行だと私は思った。そんなに深刻な意味はなくなんとなくそう思った。帰宅後は心地のいい疲労でいつものように爆睡した。この頃の私はまだ父の死に現実味を感ぜず、「父の弔い」という言葉も極めて表面的なものだった。



山に咲く

花を見るには速くてもコースタイムだと思っている。
コースタイムより速いと花は目に入ってこない。
車と同じで速ければ速いほど視界は狭まるのだ。
鳴神山駒形登山道では速くて1時間半で歩く。
私を知っている人は、私をさぞ鈍足だと思うだろう。


鳴神山を歩いて約6年。
ほとんどの花を知り尽くした私が今でも鳴神山を歩いているのは
花の生存確認のためだ。
あの花は今年も咲いただろうか、その確認のために歩いているといっても過言ではない。
近年は花が減る、花が滅することばかりに目がいってしまい、どちらかというと悲しい思いをする方が多い。
それでも、花を見つければ私は嬉しい。
花は山の笑顔だ。
山の微笑みに気付かずして、山を知ったとは言えまい。
今年もおまえに会えて良かった。
咲いてくれてありがとう。生きてくれてありがとう。
おまえがそこにいてくれるだけで嬉しいんだよ。
そう語りかけながら歩く。
昆虫に向かって必死にアピールしている花にとっては、
生産活動に何の関与もしない人間が自分の存在に一喜一憂していることをさぞ不思議に思うことだろう。
でもいいのだ。
私は蜜を吸わない昆虫なのだから。


8月22日3時45分。
平ヶ岳登山口を出発する。
数台の車が準備を始めていた中、私は一番に出発した。
頭にはヘッドライト、手にはハンドライト。
満天の星空の中、暗い登山道を私は歩き出した。
11時間とも12時間ともいわれるコースタイム。
さて、何時に帰ってこれるか。
始めは緩やかだったがあっという間に急登となった。
下調べで序盤から急登だと分かっていたが、多少高をくくっていた。
その上長い。
約2時間急登は続いた。
下台倉山辺りから左手に燧ケ岳がよく見えるようになった。
0822燧ケ岳

もちろん平ヶ岳の山容は全く見えてこない。
アップダウンの続くゆるやかな道をしばらく歩く。
ミヤマママコナ、リョウブ、ホツツジ、アキノキリンソウ、ツルリンドウ、アオヤギソウ、カニコウモリなどがあったが、
もう夏の花のピークは過ぎて種類が少なかった。
ほとんど今年見たことのある花ばかりだったが、
ミヤマママコナの白花を見つけた。
これは珍しいと思う。少なくとも私は初めて見た。
0822ミヤマママコナ

出来るだけ花に寄り道せず、先を急ぐ。
白沢清水を過ぎ、しばらくすると平ヶ岳が見えてきた。
0822平ヶ岳全容
歩き出して約4時間半にして、やっと自分の目指す山容が見えてきたのだ。
平ヶ岳はその名の通りなだらかな山容だった。
私は感動で身が震えた。
来て良かったとしみじみ思った。
百名山日帰り最難関と言われる平ヶ岳登頂に不安がないはずがない。
どうしてこんな恐ろしい挑戦をするのだと不安と後悔を抱えながら歩き出したが、
山頂が見えたときそれまでの負の感情は一掃された。
神のまします座を見て、私の足取りに力がみなぎった。
0822平ヶ岳全容2
池ノ岳への急登が始まる頃、平ヶ岳の全貌が見えてきた。
美しい。
池ノ岳への急登は序盤同様に厳しかったが、私は知っている。
歩き続けれけば、ゴールは近づくことを。
私の出来ることは歩くことしかない。
ゆっくりでも確実に歩を重ねてゆく。
オヤマリンドウ、ミヤマアキノキリンソウ、イワショウブ、ミヤマコゴメグサなどが登山道脇に咲いている。
手早く写真を撮りながら歩き続ける。
歩き出して約5時間で池ノ岳に到着。
0822池
仰天するほどの楽園が待ち構えていた。
牧歌的な、まさに神が戯れているような様相だった。

姫ノ池と湿原の美しさに感動しながら平ヶ岳へ向かった。

0822平ヶ岳への道2
0822平ヶ岳への道

枯れたキンコウカが湿原を乾いた金色に染めている。
今でも十分美しいが、花のピークの頃ならさぞ美しいことだろう。


9時20分登頂。
0822山頂

周辺を少し散策した後、どっかり腰を下ろして休憩した。
仰向けに寝転び、ストレッチをする。

0822山頂からの空

空が近い。
天国が近い。

私は初めて平ヶ岳の山容が見えたときの感動、全貌が見えたときの感動、
姫ノ池を目の当たりにしたときの感動をしみじみと思い出していた。
山でしか味わえないこの感動を知ってしまったら、また来たいと思わずにいられない。

それにしても、山ではなぜ神を感じるのだろう。
無神論者の私が山では思わず「神」という言葉を使ってしまうのだ。
天国に近いからだろうか。
私にとって、神とは逝ってしまった、私を愛してくれた人達を指すのかもしれない。
それなら合点がいく。
私の山歩きの目的の一つは天国にいる人達に会いに行くことでもあるのだから。


誰もいない山頂で私は空を見上げた。
きっと、あの人達は私の生存を確認してくれるだろう。
おまえが元気に生きてくれるだけで嬉しいんだよ、
そこにいてくれるだけでいいんだよと
そう思ってくれた人達はきっと。


空を眺めながら、誰かにとって私も山に咲く花なのだと思った。
やっぱり山に来なくては。
来続けなくては。
山に咲く花に向ける温かさと優しさを湛えた眼差しと同様の、
懐かしい眼差しに再会するために。






0345  駐車場発
0920  山頂着
0945  山頂発
1410  駐車場着





榛名山~百花繚乱

ある方に教えていただいて、榛名山に行ってきました。
榛名山、凄いです。
なんで今まで興味さえ持たなかったか、悔やまれます。

榛名山で出会ったお花をご紹介します。
(よく見る花、セリ科、菊は省略。力尽きてこれ以上編集できませんーー;)

フシグロセンノウ。大好きなお花です。
車道で見つけたら、車を停めて写真を撮ります。
0810フジグロセンノウ
レンゲショウマはかなり咲いていました。3分咲き位かな。
0810レンゲショウマ
イワタバコ。
台風で激減した鳴神山より多いかな。
0810イワタバコ
クサレダマ。お初です。教えていただきありがとうございます。
0810クサレダマ

ママコナ/マツムシソウ。
0810ママコナ0810マツムシソウ
コオニユリ/ツリガネニンジン
0810コオニユリ0810ツリガネニンジン
チダケサシ。美しい/ワレモコウ
0810チダケサシ0810ワレモコウ
名高いユウスゲはお初です。/ヒメヤブランはこちら側を向いているものが少なかったです。
0810ユウスゲ0810ヒメヤブラン
超絶可愛いタカトウダイ。惚れました。
0810タカトウダイ0810タカトウダイアップ
コウゾリナ/クルマバナ
0810コウゾリナ0810クルマバナ

エゾカワラナデシコ。ナデシコは山で会うと感動する花の一つです。美しい。
オトギリソウ。
0810カワラナデシコ0810オトギリソウ
オカトラノオはほぼ終盤でしたが見頃もいくつかありました。
キキョウが沢山!
0810オカトラノオ0810キキョウ
ノギランはどこで見ても美しい。/オオバギボシ
0810ノギラン0810オオバギボシ
ウツボグサはほぼ終盤でした。
ヒメシロネは久しぶりです。
0810ウツボグサ0810ヒメシロネ
シシウド/カワラマツバ
0810シシウド0810カワラマツバ
ハンゴンソウとキオン。
0810ハンゴンソウ0810キオン
ヤマホタルブクロとトモエソウ。
トモエソウは久しぶりです。
0810ヤマホタルブクロ0810トモエソウ
オトコエシとオミナエシ。
オミナエシは初めてかもしれません。
ハクサンオミナエシは沢山見ているのですが。
0810オトコエシ0810オミナエシ
カセンソウとコウリンカ。
カセンソウはお初、コウリンカは久しぶりだと思います。
0810カセンソウ0810コウリンカ
タマガワホトトギスはイワタバコの近くで。鳴神山と雰囲気が似た場所です^^
エゾミソハギも超絶美しかったです。
0810タマガワホトトギス0810エゾミゾハギ
ソバナも鳴神山と似た雰囲気のところで^^
ケナツノタムラソウは終盤なんでしょうかね。
0810ソバナ0810ケナツノタムラソウ
コバノギボシとシュロソウ。
どちらも数は多くなかったです。コバノギボシは咲き始めでしょうか。
0810コバノギボシ0810シュロソウ



比較的少なかったお花たち。
ネジバナとヌスビトハギ。
ネジバナは見つけると嬉しくなります。
0810ネジバナ0810ヌスビトハギ
ミズタマソウとオオヒナノウスツボ。
これを見て、鳴神山でミズタマソウだと思っていた花はタニタデだと思いました。
(早速修正しました)
ミズタマソウ、タニタデの類を他の山で見たのはお初でした。
オオヒナノウスツボは見つけると楽しくなります。
なんというか、ぶさかわいいと言うんでしょうかね。(失礼)
0810ミズタマソウ0810オオヒナノウスツボ
シロバナサクラタデかな?
アキノウナギツカミは咲き始め。
0810シロバナサクラタデ0810アキノウナギツカミ
ホソバノヨツバムグラだと思います。とっても小さいお花です。2,3ミリです。これ以上ピントが合いませんでした。
イワアカバナ。とっても可愛い。
0810ホソバノヨツバムグラ0810イワアカバナ

稀少だと思われるお花です。
コケオトギリかもしれません。花は1センチにも満たない。コナスビより小さいです。
ヒメナミキかもしれません。
タツナミソウみたいな白い花が二つ並んでいます。
0810コケオトギリ0810ヒメナミキ


今回も素晴らしい花旅でした。
Nさんありがとうございました。

尚、この後鳴神山に行ったのですが、バテて30分で帰ってきました^^;
花狂い末期患者故の症状ですな。

気が向いたら北陸、東北、北アルプスその他の山の花の紹介を期間限定でするかもしれません。

プロフィール

管理人

Author:管理人
ようこそ鳴神山へ!
主に季節の見どころ(花メイン)を綴っています。
なにぶん素人ゆえ、花の同定には間違いが多いですがご了承下さい。
基本的には開花情報発信がコンセプトですが、
いくつかの花については事後報告とさせていただきます。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
検索フォーム