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愛しき人へ

私は花に囚われたのだと思う。
同じ狂うなら、花に狂うのはかなり美しい狂い方ではないかと密かに思っている。

同じ程度の狂い方をする人がいた。
私同様に、花を見つけると嬌声を上げて喜び、
花が絶えると私同様に哀しんだ人がいた。

私よりずっと熱く、親切で、優しく、冷静な人だった。

私は花仙人と呼んでいた。

花仙人との道中は楽しくもあり、長すぎて辛いときもあった。
しかし、私は花仙人が大好きだった。

私はあまり稀少種狙いではないが、
花仙人はいくつかの花を探していた。
年々脚が弱っていき、山歩きが困難になっていったので、
私が代わりに探し続けていた。
一番のお目当ては葉っぱまで見つけたが、
開花に出会うことはなかった。

それでも花仙人にはいくつかご執心の花があって、
それらの花を見るたびに喜んでいた。
「来年の楽しみが増えましたね」とにこにこしながら言っていた。

昨年、激痩せし、歩行もおぼつかなくなり、私は心配していた。

私は花仙人が特にご執心の花をどこでもいいから見つけたくて、見せてあげたかった。
私はいくつかのサイトにメールをして、自分が鳴神山通信管理人であることと、
知人の体調が優れないので、元気なうちに見せてあげたいから教えてくれないかと書いた。
もちろん返信はなかった。
そういうものだと思っていた。


今年の冬に、花仙人が亡くなった。
あっという間だったと聞いた。
私は呆然としたが、なんとなく実感がわかなかった。
ただ、前年の激痩せや歩きっぷりから見ると致し方ない気がした。

そして、私は充分に孝行したと思っていた。
赤城にも尾瀬に連れていってあげたし、充分孝行したと思っていた。

3月下旬に入り、鳴神山も花の季節に入った。
例年並みの花、少ない花、遅い花、今年もいろいろと個体差がある。
私はその1つ1つに一喜一憂した。
そして、花仙人を思い浮かべた。

「田村さん、今年は○○が少ないよ」
「田村さん、今年は○○が遅いよ」

気が付くと私は田村さんに語りかけていた。
そして涙を垂らしていた。

怖くて、田村さんの家に行けなかった。
行ったら、田村さんの死が現実になってしまいそうだったから。


しかし、ある日、田村さんの追っていた花を知っている人に出会った。
私にしては珍しく、自分が鳴神山通信管理人であることを話し、
知人がずっと追っていたので教えてくれないかとお願いした。
しかし聞き入れてはもらえなかった。

私はその後、泣きながら田村さんの家へ向かった。
やっと、奥さんに会い、線香をあげ、話を聞くことが出来た。
田村さんらしく、自分で全ての身辺整理を行い、家族には出来るだけ手を煩わせずに逝ったそうだ。

強くて、優しくて、温かい人だった。
ぼくは全然我慢しないたちだよとよく言っていたが、
頭のいい人なので、周りが心配するようなことや弱音は決して言わない人だった。
だから、強い力で自制していたのだと思う。
その強い自制心が、病を近づけたのではないかと想像している。

田村さん、
愛しい人よ。

哀しいよ。

春の鳴神山を歩くと、田村さんを思い出してたまらないよ。

田村さん、
寂しいよ。

だけど、私が田村さんの代わりにずっと花を見守っていくよ。
だから安心して。
そしてどうにか田村さんの追っていた花を探して、
田村さんに報告しに行くよ。

田村さん、
愛しい人よ。

ありがとう。
ありがとう。




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